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罪深き義母のよがり啼き 29

 それなのに、光輝は朝食後部屋にこもり、秀美が家を出る三十分ほど前に「行ってきます」と玄関のドアを開けた。
 胸を撫で下ろしたような、焦燥感を与えられたような、不思議な気分だ。
 おかげで駅のホームで電車を見るまで、昨日の痴漢のことを忘れていた。
 慌てていつもとは違う車両の位置に立った。
 昨日と同じ電車で混雑こそしているが、すし詰めと言うほどではない。
 乗り込む瞬間にざっと視線を走らせた。目で見て痴漢が分かるわけもなく、秀美は鞄を抱えて左手を吊り革にかけた。
 明日はスカートで、と不気味な声は言っていたが今日も秀美はパンツスタイルだ。 そして、定番と言う訳ではないが今日もチュニック丈のブラウス。
 電話をしてくると言うことは、明らかにターゲットは自分だ。
 痴漢は来るだろうか。来たらどうしよう。
 警戒丸分かりの背中を隠すことも出来ない。
 やめてと叫ぼうか。この人痴漢ですと手を掴んで。

 一つ目の駅に着いてドアが開く。人が動いて秀美もなんとなく躰を揺すられた。
 今日は平気かな? 昨日はどの駅だったっけ?
 考えていると尻に何かを押し当てられた。
 あっ……。
 声が洩れそうになるのを無理やり噤んで、俯いた。
 出来ない。言えない。
 もしかしたら、風俗時代の客かも知れない。
 そう思うとギュッと胸が苦しくなった。
 助けて欲しい。誰か……助けて……光輝君。
 念じたことが通じたのか、不意に裂け目を掴むようにしていた指が離れた。
 え?
 でもまだ何か仕掛けてくるかも知れない。
 秀美から警戒は解かれない。背後に気を配っているおかげで、鋭い視線まで感じる。
 されど、降りるべき駅に着くまで何も起こらなかった。
 秀美は電車を降りて、ホームを足早に歩いた。
 鞄の中の携帯が着信を教える。
 また痴漢からか。
 無視したいが、携帯を手に持った。
 昨日と違い、番号が記されている。知らない番号。
 痴漢ではないのかも。でも誰?
 秀美は携帯を耳に押し当てて「はい」と出た。
 聞こえたのは、小さく低い声。

「秀美さん……ごめん。もうしないから」
「え?あ……」
 秀美の返事を待たずに電話は切られた。
 当惑する間を割って、一人が思い浮かぶ。
 もしかして……省吾君。
 自分を秀美さんと呼ぶ者は限られている。
 どこから?
 振り返りたいところだが、階段を上ろうとする者たちに追い立てられるようにそのまま階段を上って行った。
「おっはよぉ」
 パート仲間に声をかけられた。
「あ、おはよう」
 職場での顔を咄嗟に作って秀美は微笑む。
「なーにー。また間違い電話?」
「あ、違う違う。これ古くてさ、すぐに充電切れちゃうなって思ったの」
「なーんだ。でもさぁ、もう少し安くして欲しいよね。うちなんて子供だけじゃなく、おばあちゃんまでスマホスマホって騒ぐから、携帯代半端じゃないもの」
「えー、カッコいいじゃない」
 ピッと改札を抜ける。
 どうしたのだろう。やはり近藤のことで何かを悟られたのか。
 秀美はそう危惧する反面、心の一部で安心を得ていた。

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