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罪深き義母のよがり啼き 17

「行こうか?ホテル。試してみよう」
 柳沢は言う。
 秀美は首を素早く左右に振った。
「そ、それは出来ません。幸作さんがいないところでは」
「だったら、いたらいいの?」
「え?」
「いたら、俺とスル?」
「は、はい」
 秀美は返事をして項垂れた。顔が熱い。まるで言い包められたようだが、覚悟を決めていたところ。いいきっかけ。そう、いいきっかけになる。
 きっぱり割り切ろうとしても、顔を上げられない。鼓動が速く、全身に拡がる熱を感じるのに、心は鋭い何かを突き付けられたように痛い。幸作のためと思っても少し、哀しい。
「そんな顔しないで。俺、秀美ちゃんのこと可愛いって思っているんだよ。鮎川には悪いけど、隙あらばとすら思ってる」
 そっと頭を撫でるような声に秀美は顔を上げた。
「え?」
「だから、そんな顔されると俺まで泣きたくなる。そんなに俺のこと嫌いなのかなって」
「あ、違います。そんなんじゃ」
 秀美は焦る。好き嫌いの問題ではない。
 幸作が元の部署に戻れたのは、柳沢の強い推薦があったからと聞いているから言い尽くせない感謝をしている。
 柔らかい物腰だって幸作に似ていて好ましい。
 でも、愛はない。愛のない行為がいくらでも出来ることを心と躰で知っているから、その姿を幸作に見られたくない。
 まるで、過去の自分と向き合うようで怖い。

「ほら、そういう風に素直に反応するところ。分かっているよ、秀美ちゃんはそう言うタイプの女性じゃないって。でもさ、だからこそ、闘志に火が点くって言うのもあるんだよ。絶対に落としてやるって。そんなこと思うの、三十年ぶりくらいだけど。いいオヤジのセリフじゃないか」
 柳沢は、口の端だけを上げる笑い方をしてから、コーヒーの残りを飲んだ。それから、伝票を持って立ち上がった。
「さ、善は急げって言うから。行こう」
「あ、え?どこに?」
「鮎川が待つホテルだよ」
「ホテル?」
「バーで待ち合わせしているんだ……あ、本当だよ。連絡して確認してみるといい。鮎川がせっかくだからって調べていたから」
 柳沢は言い聞かせるように話してから、支払いをした。

 秀美は促されるまま電車に乗った。幸作に確認などしなくていい。昨夜、柳沢のことを良く知らないと言ったから、柳沢を差し向けたことが想像出来たからだ。
 それよりも『スル』ことへの緊張で今はいっぱいいっぱいだ。
 その傍ら、柳沢が和ませようとしていることも分かる。目尻に皺を寄せた笑い方。最近の幸作の社内の高評価までを聞かせてくれた。悪い気分になるわけがない。でも、自分を見つめる瞳には幾多の男が見せてきたその先の暗く鋭い光が見える。そして、それを如実に解かってしまう自分がひどく恥ずかしい。
 幸作さんと出来るかも知れない。きっと幸作さんも期待している。
 だから、私は濡れている。そう思い込むように努めるほどに秀美は昂揚していた。

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