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罪深き義母のよがり啼き 15

 仕事が始まり、束の間、突然湧いた重苦しさを忘れる。
 今日は牛肉の特売日だ。
 秀美はカートに乗せたパックをせっせと店頭に並べていた。そうしながら、補充が必要なものもチェックする。
「すみません。カート通りまーす」
 言いながら、鶏肉の前に移動した。
 ささみ、胸肉と並べながら、夕飯は棒棒鶏もいいかもとふと思う。
 あ、でも昨日も鶏だ。
 思い付きを消して、仕事に専念する。
「鮎川さん、ごめん、これもいい?いま、お客さんに牛挽き一キロ頼まれて」
「はい、やります。あ、こっちのカート持って行ってください」
「はーい」
 秀美は豚肉が積まれたカートを受け取る代わりに、空いたカートをパート仲間に渡した。
 挽肉を並べていると、聞こえた。
「おはよう」
「おはようございます」
 誰とは分らなかったが、同じ従業員だろう。朝の挨拶として声に出しながら振り向くと、スーツを着たすらっとした男性が革の鞄を前に揃えて立っている。目を疑った。昨夜幸作が話した柳沢だ。
 どうして?
 出し抜け過ぎてまず動揺した。仕事に専念することで平常心を保たれていた心が一気に鼓動を速めた。
 そのことを感じた上で、秀美は慌てて口を開いた。
「あ、お久しぶりです。どうしたんですか?」
「うん、市場調査……を兼ねて秀美ちゃんの顔を見に来た」
「あー、こんな顔です。変わりませんよ。マスク姿は」
 秀美は帽子、マスクの隙間から唯一見える瞳を細めた。
「十分だよ。お美しい」
「ありがとうございます」
 お世辞と分かっていても秀美は笑みを深めてから、手の動きを再開した。

 柳沢は幸作の同期だ。同じ営業ではあるが企画部。
 仲の良かった妻は五年前に他界し、一人娘はデキ婚で一昨年女の子を出産したと幸作に聞かされている。
 幸作に紹介されたのは、籍を入れる前だ。今のように柳沢が店舗を回っている時だった。それから、三人で二度ほど食事をして、籍を入れた数か月後、その一年後、と五度ほどの面識だった。
 秀美はカートから出したパックを積んでいく。仕事中であるから長話は出来ない。それでも、これではあまりにもそっけない。何か話をと思うのに、変に意識して言葉が思いつかなかった。それでいて、柳沢の視線が一挙一動に絡まる。風俗時代の客に会いたくないと言うこと以外では自意識過剰の精神は持っていないはずなのに。
 だが、それもつかの間だった。柳沢は陳列棚沿いに二歩ほど離れて尋ねてきた。
「うちで新しく出したハムどう?PBのチーズが入っているヤツ」
「あ、出てますよ。でもまだ、前のシンプルな方が出てますけど……うちも買ってます」
 秀美は手を伸ばして最後のパックを掴んだ。すると柳沢は、客がいなくなった隙を突いて身を寄せた。
「突然で悪いけど、今日の帰り時間ある?」
「時間……ですか?」
 秀美は最後の豚バラをスローモーションで置きながら柳沢を見た。
「ちょっと、娘のことでさ……鮎川にも言えなくて。相談する相手がいないって言うか。女性の意見を訊きたくて」
「あ……はい。分かりました。でも、柳沢さんは平気なんですか?夕飯の支度とかあって、遅くはなれないから」
「大丈夫。今日はずっと外回りだから、都合つけるよ。ここ二日間は新人を連れて回っているんだ」
「へぇ」
 柳沢の視線に倣うと、かしこまったように前で鞄を持った若い男性がこちらを見ている。
「じゃあ、四時半……あ、五時でいいですか?」
「分かった。ありがとう、助かるよ。一応、番号訊いていい?」
 柳沢は秀美の携帯の番号を手帳に書き留めた。


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